2012年11月11日
宮古島
今日は予報通り朝から
コートに確認するも既に水が溜まっているとのこと。
覚悟はしていたがやはり残念・・・
ということで、以下非テニスネタで申し訳ありませんが、
昨日思わせぶりな記事にした上の娘(高校2年)の修学旅行の件です。
娘の修学旅行先は宮古島、話の途中で察しがつくと思うので結論から述べると、
娘が宮古島で民泊(ステイ)させてもらったお宅、
なんと以前私の仕事上のクライアントだった方なのである
と言ってしまえばこの一言で済んでしまうのだが・・・
私が今の仕事を始めた二十数年前、前の職場の先輩からある業者さんを紹介してもらう。
業者さんの依頼は、紹介いただいた先輩の仕事(業種)の範疇外、
その種の依頼を仕事(業種)の範疇にしている後輩がいるということで、私に声をかけてくださった。
以来、3年~5年に一度のペースだったが、ビジネス上のお付き合いが続いた。
その方(業者の社長)の名字だったか、打ち合わせ時の会話からだったか定かではないが、
『沖縄付近、もしくはそれ以西出身の方かな?』という勝手な推測はしていたのだが、
決定的な確信を得たのは、その社名!
当初は個人営業だったのだが、数年後有限会社を設立することになり、その後株式会社へと変わった。
その株式会社になった時の社名が‘宮古島’を連想させるものだったのである。
気さくな方で、晩御飯をご馳走になったりもしたのだが・・・、
いろいろあって数年前にビジネス上のお付き合いが途切れることとなった。
かと言って個人的なお付き合いが続いたわけでもないのだが・・・。
そして2年?ほど前、故郷に戻りましたという旨のハガキ(だったと思う)をいただく。
ハガキの住所は既に宮古島になっていた・・・。
律儀にも連絡をくださり、『わざわざ、ありがとうございます』という思いと、
『もう、あの方と会うこともないんだな~』という思いがあった。
で、去年の今頃娘から「私らの修学旅行は多分、宮古島」という話を聞く。
その時点では確定ではなかったらしいのだが、ほぼ間違いないとのこと。
娘の‘宮古島’という言葉で即、社長のことを思い出した私、
時期も時期、丁度年賀状を準備する頃、
幸い宮古島の住所は残していたので、
(失礼なことだが)来年、娘が修学旅行で宮古島に行くかもしれません的な文面を添え、
年賀状を送らせてもらったのだが、以降音信はとれなかった。
別に私自身、何かを期待していたわけでもなく、それはそれで仕方の無い事である。
今年、そうこうしているうちに修学旅行先が決定、勿論‘宮古島’
それからというもの時折娘には、その方の話をしたりしていたのだが、
娘にとってはどうでもいいこと(そりゃそうだ)。
民泊(ステイ)する日もあるということなので、その宿泊先のお宅の名前を聞いたりしていたのだが・・・、
娘の答えでは・・・?、訳がわからなかった
そんなこんなで先日のブログのとおり娘は出発。
妻や下の娘(中学2年)には写メを添付してメールを飛ばしてきていた。
民泊(ステイ)させてもらったお宅は建て直した直後の豪邸とのこと。
そのお宅の外観の写真を送ってきたのだが、それでは何もわからなかった・・・。
ん?、だらだらと長文になってしまった、この続きはまた・・・。
以上、今日の独り言でした。
コートに確認するも既に水が溜まっているとのこと。
覚悟はしていたがやはり残念・・・
ということで、以下非テニスネタで申し訳ありませんが、
昨日思わせぶりな記事にした上の娘(高校2年)の修学旅行の件です。
娘の修学旅行先は宮古島、話の途中で察しがつくと思うので結論から述べると、
娘が宮古島で民泊(ステイ)させてもらったお宅、
なんと以前私の仕事上のクライアントだった方なのである
と言ってしまえばこの一言で済んでしまうのだが・・・
私が今の仕事を始めた二十数年前、前の職場の先輩からある業者さんを紹介してもらう。
業者さんの依頼は、紹介いただいた先輩の仕事(業種)の範疇外、
その種の依頼を仕事(業種)の範疇にしている後輩がいるということで、私に声をかけてくださった。
以来、3年~5年に一度のペースだったが、ビジネス上のお付き合いが続いた。
その方(業者の社長)の名字だったか、打ち合わせ時の会話からだったか定かではないが、
『沖縄付近、もしくはそれ以西出身の方かな?』という勝手な推測はしていたのだが、
決定的な確信を得たのは、その社名!
当初は個人営業だったのだが、数年後有限会社を設立することになり、その後株式会社へと変わった。
その株式会社になった時の社名が‘宮古島’を連想させるものだったのである。
気さくな方で、晩御飯をご馳走になったりもしたのだが・・・、
いろいろあって数年前にビジネス上のお付き合いが途切れることとなった。
かと言って個人的なお付き合いが続いたわけでもないのだが・・・。
そして2年?ほど前、故郷に戻りましたという旨のハガキ(だったと思う)をいただく。
ハガキの住所は既に宮古島になっていた・・・。
律儀にも連絡をくださり、『わざわざ、ありがとうございます』という思いと、
『もう、あの方と会うこともないんだな~』という思いがあった。
で、去年の今頃娘から「私らの修学旅行は多分、宮古島」という話を聞く。
その時点では確定ではなかったらしいのだが、ほぼ間違いないとのこと。
娘の‘宮古島’という言葉で即、社長のことを思い出した私、
時期も時期、丁度年賀状を準備する頃、
幸い宮古島の住所は残していたので、
(失礼なことだが)来年、娘が修学旅行で宮古島に行くかもしれません的な文面を添え、
年賀状を送らせてもらったのだが、以降音信はとれなかった。
別に私自身、何かを期待していたわけでもなく、それはそれで仕方の無い事である。
今年、そうこうしているうちに修学旅行先が決定、勿論‘宮古島’
それからというもの時折娘には、その方の話をしたりしていたのだが、
娘にとってはどうでもいいこと(そりゃそうだ)。
民泊(ステイ)する日もあるということなので、その宿泊先のお宅の名前を聞いたりしていたのだが・・・、
娘の答えでは・・・?、訳がわからなかった
そんなこんなで先日のブログのとおり娘は出発。
妻や下の娘(中学2年)には写メを添付してメールを飛ばしてきていた。
民泊(ステイ)させてもらったお宅は建て直した直後の豪邸とのこと。
そのお宅の外観の写真を送ってきたのだが、それでは何もわからなかった・・・。
ん?、だらだらと長文になってしまった、この続きはまた・・・。
以上、今日の独り言でした。
投稿者 ヘタテニオヤジ 22:18 | コメント(0)| トラックバック(0)
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